嶋左近

嶋左近(しま・さこん)

“三成に過ぎたるもの”といわれた名将。左近は通称で本名は清興(きよおき)。
浪人となっていたところを三成からの必死の説得を受け仕官し、当時の三成の禄高(財産)4万石の半分に当たる2万石の高禄をもって召し抱えられたといわれます。
その後は忠実な部下として三成に仕え、関ヶ原の戦いにおいて戦死しました。その勇猛果敢な戦いぶりは、東軍諸将の間でも語り草となったといいます。