秀吉にも遠慮しない物言い「忍城攻め」

上司の意見と自分の意見が違うときは、どうしても言い出しにくいところがあるもの。でも三成は違いました。秀吉に対してはっきりとNOを突きつけたことがあるのです。
天下統一に向けて現在の埼玉県にある忍(おし)城を攻めることになったとき、三成ははじめて大将に任命されました。秀吉から出ていた戦略は城を洪水で孤立させる水攻めでしたが、現場を見た三成は「この城は水では落ちない」と判断し、長浜城にいる秀吉にもっと積極的に攻めるのはどうかと手紙で提案します。しかし秀吉は水攻めにこだわり、戦略を変えることはしませんでした。秀吉が持つ強大な力を示すには、手間もお金もかかる水攻めがパフォーマンスとして最適だったからといわれています。
結局のところ、忍城は水では落ちませんでした。自分の判断通りなら勝てていた三成は相当に悔しかったことでしょう。